バイト先を飛び出すように辞め、一日中転職活動をしていた22歳の日々。それでも「失うものは何もない」と思っていた。
そこからプログラミングを学び直し、SESエンジニアとしてすでに2度の昇給を果たした今、「プログラミングは俺の天職だ」という言葉は、強がりでも何でもない。
合わない環境を転々として、危機感を覚えた日々
──当時はどんな生活をされていたんですか?
22歳で、バイトを辞めてニートになって、一日中転職活動をしていた感じです。その後わりとすぐ仕事を見つけて、朝8時ごろ家を出て30分歩いて通勤して、18時に退勤してまた30分歩いて帰る、という日々でした。
結局、その会社も自分には合わなくて辞めてしまって。で、だったらもうさっさとプログラミングを仕事にしたいと思って、SESエンジニアの会社に入ることにしたんです。
──転職を繰り返す中で、何か感じていたことはありましたか?
そもそも、会社や社長のために働くっていう考え方自体が、ある種綺麗事だなと思っていて。人に利用されてるだけ、という言い方の方が正直なんですよね。そして、環境や仕事内容が合わないと本当に人間ってダメになる。合わない点ばかりに目が向いて得意な点は評価されないし、ひどい時には相手には見えてもいない人格まで否定されたりして。
それとバイト先で一緒に働いていた年上のメンバーの中に、早期離職を繰り返している方が何人かいて。まだキャリアが定まっていない姿を見ていると「このままだと自分もこうなってしまうかもしれない」という危機感を覚えたのを、昨日のことのように思い出しますね。
1年越しの再挑戦と、年末年始の修羅場
──ZeroPlus Gateでは、どのタイミングから学び始めたんですか?
実は一度、ZeroPlus Gateをリタイアしていたんです。それから1年ぐらいして、またGateから連絡が来て。そのタイミングが自分の状況とちょうど合っていたので、何かの巡り合わせや運命かなと思って、もう一度始めることにしました。ちょうどそのころ、1社目の転職先が決まる少し前ぐらいのタイミングでしたね。
──再挑戦して、学んでいる中で印象に残っている出来事はありましたか?
年末年始に祖母の家に行っていたんですが、そのころ本業の研修がちょうど忙しくて、さらにそのタイミングで卒業制作のタスクまで始まって。あれは焦ったし、めちゃくちゃ大変でした(笑)。
──それでも乗り越えられたのはどうしてだったんでしょう?
誰よりも多く、大きな仕事をこなしたい気持ちが強かったからだと思います。
SESエンジニアになって、変わったのはスキルだけじゃなかった
──Gateを修了し、その後ZeroPlusで学んでいる途中、3〜4ヶ月ほど経ったころにSESエンジニアとして働き始めたんですよね。今の状況はどうですか?
SESの会社は、すぐ辞めた方の会社より初任給が低かったし通勤も遠かったんですが、半年ちょいで既に2回ぐらい昇給していて、以前の会社の給料に追いついてきています。HTMLとCSSは余裕でこなせたし、JavaScriptは研修でみんなより一足早く予習してきたので、プログラミングは本当に自分の天職だなと思います。
──技術面以外で、「前の自分とは違う」と感じる場面はありますか?
エンジニアもデザイナーも、持つべきマインドは「LOVE & PEACE」だと思うんですけど、それを自分もちゃんと取り入れられてきてるな、という感じはありますね。
マインド面や度胸が変わったなと。あとは論理的思考力というか、エビデンスを提示して人と話す力は現在進行形で伸びてるかなと思います。
──これからやっていきたいことを聞かせてください。
今ひっそりと家でアプリの自己開発をやったり、オリジナルキャラのホームページを作ったりしていて、他にもアイデアや企みはいろいろあるので、それをどんどん片っ端からカタチにしていきたいです。
アプリ開発では、かつての自分のように路頭に迷う人が少しでも減るようにと、自己分析アプリを作っているところです。オリジナルキャラの方も、前々から周りに期待してもらっているので、自信を持ちつつその期待に応えられたらと思っています。
プログラミングだけじゃなく、独立を目指して、お金と時間の自由を得るために、いろいろな形にしていきたいです。
上半期張り切りすぎて今絶賛重度の燃え尽き症候群になってヤバいですが(笑)。